芝園団地のある川口市はかつて鋳物生産で有名なところでした。そんな川口市の工場地帯を舞台にした映画『キューポラのある街』を先日視聴しました。
ご存知の方も多いと思いますが、実はこの映画の重要なストーリーの一つが、国際移動です。吉永小百合演じる女子中学生(ジュン)の女子同級生(ヨシエ)の在日コリアン一家が、当時行われていた北朝鮮への「在日朝鮮人帰還事業」によって、現地へ渡航するシーンが出てきます。
「帰還事業」は1959年から84年にかけて、朝鮮総連が両国政府のバックアップを受けた上で進めた、在日コリアンの北朝鮮への定住事業のことです。実際の渡航者は約9万3千人といわれており、朝鮮南部出身者も多く含まれていました。北朝鮮への好意的なイメージもあり、当時は肯定的な世論が圧倒的だったといいます(権 2007 ※pdfファイルが開きます)。
1962年公開のこの映画でも、「帰還事業」は希望をもって語られています。「新天地で頑張る」というヨシエの決意が、やさぐれ気味の主人公のやる気を取り戻す、というような構成になっているのです。「帰還事業」は話の展開上非常に重要な意味を与えられています。
もちろん気になるのは、ヨシエとその家族が北朝鮮でどのような人生を送ったのかということです。おそらく、希望に満ちていたとはいえなかったのではないでしょうか。こちらの記事では、映画が公開された1962年の一年前に北朝鮮へ渡航した当時小学生だった方の体験談が紹介されています。詳しくは当該記事をご覧ください。
さらに付け加えると、在日コリアンの配偶者と一緒に北朝鮮に渡った「日本人妻」の「里帰り問題」が1990年代から知られるようになりましたが、この映画には「日本人妻」も登場します。それが菅井きん演じるヨシエの母で、作中ではヨシエたちとは別居していることが示唆されます。彼女は結局渡航には同行せず、その後別の男性と結婚します。このようなケースは実際にもあったのでしょうか。
この映画は他にも社会階層、労働組合、性差別などのトピックを描いており、社会学的に面白い作品です。荒川や芝川など川口市の風景も度々登場します。芝園団地は川口市の中でも端のほうにあるので、舞台となった川口市中心部とはローカルな文脈は異なりますが、どちらの地域も、今でも多くの外国籍の住民が暮らしています(川口市サイトの統計情報より)。
(文責:佐藤慧)
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