生活領域の分離
住み始めて分かったが、日本人と中国人は異なる生活空間で暮らしている。中国人が団地の近辺で経営する店舗は、中国人住民には便利な一方で、日本人住民には縁遠い存在である。芝園団地商店会には、古くから続くスーパーや美容院がある一方で、近年は中国系の食材店やレストランが開業している。また、芝園団地に隣接する分譲マンション「芝園ハイツ」にも、中国人向けの店舗が複数ある。
団地に入居した次の日、中華料理の材料を求めて芝園ハイツの中華食材店に行った。私が求めていたのは麻婆豆腐などに使う豆豉という調味料だったが、店にあった中国産の豆豉の安さには驚いた。私がいつも買っているS&Bの豆豉は10gで100円である。一方、芝園ハイツの食材店で売っていた中国産の豆豉は250gで180円だった。他にも、お店では日本で見かけない中国の調味料を数多く取り揃えていた。
このように、団地の近辺に住む中国人は手軽に母国の味を追い求めることができる。しかし、日本人客の姿は基本的に見かけない。
また、団地内の開業して間もない、中国人が経営する肉屋にも行ったのだが、最初、中国人の店員には日本語が通じなかった。このことから、日本人がこの肉屋に通っている可能性は限りなく低いと思われる。私が慌ててスマートフォンに入っている日中辞書を見せると、店員は巨大な肉塊を鮮やかに切り出してひき肉にしてくれた。ちなみに、肉はスーパーで買うよりも粗びきで、そのままビニール袋に詰めてある。
こうした中国系店舗が数多くあるおかげで、団地の中国人住民は簡単に同胞と知り合うことができるだろう。中国人の店主と会話するのはもちろん、買い物に来た中国人住民同士で自然と知り合うこともありえる。
一方、高齢化が進む日本人住民が団地の中で集う店舗は、私の見る限りでは喫茶店一軒のみである。30年近く続いているこの店では、中国人の姿を見かけることはほぼない。私が店に行くと、いつも日本人の常連客が談笑している。
生活問題の根源
団地では、日本人住民と中国人住民の間で生活音、ごみの分別、料理の匂いなど生活習慣を巡るトラブルが発生する。たしかに、夕方になると中華料理に使う香辛料の香りが漂うし、夜十時頃に広場から中国語が聞こえることもあるが、気になるほどではない。芝園団地自治会の事務局長を務める岡崎広樹さんによると、こうした問題は改善傾向にあるそうだ。
ただ、こうした問題は、ある程度は建物の特徴から説明することができるのではないかと考える。まず、中華料理の匂いが廊下に充満するのは、換気扇が共用部に面しているからである(下記写真)。食事時に廊下を歩いてみると、別に国籍に関係なく、それぞれの部屋から何かしらの料理の匂いが漂ってくる。
そして、生活音が響くのは、そもそも壁や床が薄いことにある。私の部屋の上階と隣には日本人が住んでいる(入居の挨拶をしたときに判明した)ものの、洗濯機やトイレの音が聞こえるときがある。このような類の騒音は、私の京都の下宿と比べても大きい。なお、日本人住民の方の証言によれば、畳の和室が板張りの洋間に改装されたことが生活音の響きやすさに拍車を掛けたという。このように、団地の設計そのものが騒音を発生させやすく、したがってトラブルにもつながりやすいのではないか。
しかし、生活トラブルの最も根本的な原因は、日本における近所付き合いの希薄化にあるのではないか。住民同士がお互いのことをよく知っていれば、生活トラブルは起こりにくくなる。例えば、上階から子どもの騒ぎ声が響いてきたとしても、自分がその子のことを良く知っていたら、そう簡単には怒れないだろう。また、親のほうにしても、下の階の住民が自分の子供を可愛がってくれていたら、夜間に騒音で煩わせないように気を遣うだろう。
けれども、もはや住民は国籍に関係なく隣人のことを深く知らない場合が多い。そうなると、隣人は騒音や臭気の発生源としてしか認識されない。
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