遅くなりましたが,今年出た社会学の移民研究の大作,是川夕『移民受け入れと社会的統合のリアリティ』(勁草書房)を読みました.一言でいえば,日本の移民の置かれている状況についての認識を刷新する著作です.
理論的背景
本書の鍵概念は移民の「社会的同化(social assimilation)」あるいは「社会的統合(integration)」です.アメリカの移民研究で使われる「社会的同化」はよく混同されるような「同化主義」というような文化的な意味での同化ではなく,職業的地位達成や教育達成などの社会経済的指標において現地人と大きな差がなくなるという意味です.「社会的統合」はヨーロッパの研究で使われる言葉ですが,基本的に意味は同じです.
両者は欧米の移民研究で主流の「同化理論」の語法です.同化理論の内部でも,移民の社会的同化がどのように進むかについて,「分節化された同化理論」,「新しい同化理論」など様々な説明の枠組みが提示されてきました(詳しくは本書を…).著者はこのような理論を総称して「社会的統合アプローチ」と名付け,その日本社会における妥当性を検証することを本書の目的としています.
著者によれば,同化理論系の理論は日本の移民研究ではほとんど顧みられていません.対照的に,日本の従来の移民研究は,移民は制度的な不備と文化的な異質性のために社会的同化を妨げられているという「構造的分断アプローチ」に基づくものが多数を占めていました.またその解決策として期待されていたのは「多文化共生」や「顔の見える関係」といった,移民の社会文化的側面の承認であり,移民の置かれた社会経済的状況を改善するための(ナショナルレベルでの)方策については議論されていませんでした.
分析課題
では「社会的統合アプローチ」は日本でも当てはまるのでしょうか.著者はその点を確かめるために,同化理論から三つの分析課題を導き出しています.
移民男性の職業的地位達成
一つは移民男性の職業的地位達成に関するものです.これは同化理論のなかでも「移民の経済的同化モデル」(Immigrant Assimilation Model)と呼ばれる理論の検証にあたります.まず前提として人的資本(学歴やスキル)が高いほど職業的地位も高くなるのですが,移民の場合,他国で(他言語で)習得した人的資本は移転可能性が低いため,入国直後には低い職業的地位達成しか示しません.しかし,入国後の社会的適応によってやがてその地位は現地人並みになります.
このような関係が日本でもみられるかどうか,日本に住む中国人男性とブラジル人男性を対象に検討したところ,入国直後の低い職業的地位達成は予想通りみられました.また,日本人男性との差をなくすほどではないものの,入国からの期間が長期化し,社会的適応が進むにつれて彼らの職業的地位は上昇傾向にありました.この傾向が,地位達成の基準を管理職や事務職などいわゆる「日本的雇用慣行」に沿って採用される割合が最も高い職業にとった場合でさえみられることを踏まえ,「緩やか」ではありますが日本の労働市場への移民男性の統合が進んでいると著者は結論づけています.
社会的統合とジェンダー
二つ目は移民の社会的統合過程に対するジェンダーの影響です.そもそも女性は,結婚や出産といったライフイベントによる労働市場からの退出や性別職域分離によって男性よりも低い階層的地位を示す場合が多いですが,それに加えて女性が(先進国への)移民である場合,先述した人的資本の移転の制約に加え,ケア労働など「女性的」職業に就くことが多く,階層的地位は現地人女性よりも低いものにとどまりがちです.このような議論を移民女性の「二重の障害」論といいますが,日本でも当てはまるのでしょうか.
著者の分析によれば,日本で働く移民(中国,ブラジル,フィリピン)女性の階層的地位はたしかに日本人女性よりも低いです.ただしその差の原因は,人的資本の低い移転可能性や「女性的」職業への就労など「二重の障害」論から予想できるものではなく,本人の学歴の低さや有配偶者の間での労働参加率の低さなどでした.それゆえ,日本では「二重の障害」論は日本では部分的にしか当てはまらないと著者は述べています.この分析ではさらに,外国人女性の職業分布が日本人女性よりも日本人男性に近いことや,中国人女性の専門・管理職への就業が日本人女性よりも多く,学歴の影響も強い(人的資本が生かされている)ことから,「移民女性は日本の労働市場のジェンダー化された構造から「排除」されることで,かえってその職業的地位を高いものにする可能性」(p. 260)すら見出しています.
移民二世の教育達成
三つ目は移民を親に持つ「移民二世」の子どもたちの教育達成に関するものです.これは欧米の移民研究では近年とくに研究が進められているテーマです.著者は教育達成の指標を高校進学率に定めた上で,「少なくとも片親が移民の子どもは両親が日本人の子どもに比べて教育達成の程度が低い」というのを基本的な仮説としつつ,「分節化された同化理論」(p. 53)に基づき,両親の人的資本,家族形態,本人のジェンダー,日本での居住期間などにも影響されると予想しました.
中国人,フィリピン人,ブラジル人を対象とした分析の結果からは,「少なくとも片親が移民の子どもは両親が日本人の子どもに比べて高校進学率が低い」傾向は確かにみられました.また,両親の人的資本,家族形態,本人のジェンダーも教育達成に影響を及ぼしていました.しかし,これらの要因の影響は,日本人を両親とする子どもの教育達成に対する同じ要因の影響よりも小さい傾向がみられました.よって,移民二世の教育達成の低さは,「分節化された同化理論」が想定するような諸要因以外の原因によるものと考えられます.それはすなわち,日本語能力の低さや日本の学校への適応の難しさなどでしょう.このことから,「分節化された同化理論」は日本では妥当しないと結論づけています.
「緩やかな」社会的統合?
これら三つの分析から著者は,移民の社会経済的地位は日本人と比べると低いものの,「緩やか」な社会的統合が進んでいるという結論を得ています.あとがきで著者も書いているように,この結果は移民の置かれた地位が日本人とは構造的に分断されているという通説を覆すものであり,かなり驚きです.
もちろん,移民の文化的異質性を理由にした差別や,入国管理における人権侵害などは残念ながら存在し続けていますが,それとは別に,社会経済的地位の面からみると,移民であっても人的資本はおおむね評価されており,女性は一部ではありますがむしろ日本人女性よりも高い地位を示している可能性もあり,さらに教育達成は平均的にみると低いですが,両親の社会階層とは強い関係はなく,社会移動が阻まれているというわけでもなさそうだということです.
考察
ここから先は私自身が思ったことを自由に書きます.
自省:文化的差異への過剰な注目
まず,いま私たちが行っている「多文化共生」を標榜するプロジェクトそのものが,本書で批判的検討に付されている「文化的差異への注目とその承認の必要性」(p. 44)を繰り返し強調し「もっとも重視されるべき労働,教育分野」(p. 44)に対する関心を払わない移民研究の知を再生産するに終わるのではないかという危惧を抱きました.「多文化共生」というお題目を唱えるよりも,移民の置かれている状況を地位達成やジェンダー不平等といった社会学の基本的な視点から分析するほうがよほど実りが多いでしょう.
中国人移民の社会的統合:芝園団地での経験をもとに
そのような視点を踏まえ,芝園団地での経験と本書を照らし合わせてみると,やはり中国人移民に関する分析に目が行きます.
「二極化」する中国人移民
まず記述統計的な内容でいうと,中国人移民は男女ともに学歴や職業の間で日本人よりも「二極化」しています.男女ともに大卒以上の人の割合は日本人よりも多い一方,小中学校卒の割合も日本人に比べるとかなりあります.職業に関しても,専門・技術職の割合は日本人より多いですが,マニュアル労働に分類される職業への就業も,日本人より多く見られます.芝園団地をはじめ東京近郊は,その一方の極,つまり大卒以上の中国人の生活拠点と理解できるでしょう.
「大卒の極」の中国人移民
また,第4章・第5章の専門・技術的職業への就業の規定要因の分析では,男女ともに大卒以上の学歴が中国人の間で日本人と同じかそれ以上の影響力を持っていることが示されています.これは中国から日本への移動では人的資本のロスが少なく,専門・技術職に就きやすいことを意味しています.
日本で働く中国出身のIT技術者の方に対する我々のインタビュー調査でも,中国の大学を卒業した若者が「即戦力」のIT技術者として日本の会社にヘッドハントされることが珍しくないことがわかりましたが,少なくともIT業界では,人的資本の互換性は前提とされているようです.
中国籍大卒者の地位達成の高さはブラジル人やフィリピン人に比べると突出しています.実際,「緩い」社会的統合がみられるという第4章の結論や,日本人女性をも超える移民女性の地位達成の可能性もあるという第5章の議論などは,中国人に関する分析結果にその多くを負っています.中国人は現在の日本の移民のなかではもっとも(本書でいう意味での)社会的統合の進んだ人々といえそうです.しかしこれはもちろん,大卒以上の割合が多いからであって,中卒以下で就業している中国人も少なくないことには注意が必要です.
中国人カップルと子の教育達成
さらに第6章では,両親とも外国籍の子どもは少なくとも片親が日本籍の子どもに比べると高校進学率が低い一方,母親が中国籍で父親が外国籍(その多くは中国籍と考えられます)の場合は母中国籍・父日本籍の組み合わせよりもむしろ高校進学率が高いことが記述統計から明らかにされています.多変量解析においても,母親がフィリピン籍やブラジル籍の場合,父親も外国籍であるより,父親は日本人であるほうが高校在学率が統計的に有意に高くなる一方,母親が中国人である場合,父親の国籍による高校在学率の違いはほとんど見られません(それでも両親が日本人の場合よりは低いのですが).
著者はこのような傾向について「中国人カップルが子どもの高い教育達成を可能にする何らかの条件を備えていることを示唆するものである」(pp. 228-229)と述べていますが,この「条件」の探究は今後の課題かもしれません.この点につき,私の思いつきを二点述べておきます.
まずは学歴の高い中国人が多いことです.先述の通り日本在住中国人は日本人よりも大卒以上の割合が高いです.一方,子の高校進学率が親の学歴が高くなるにつれ増えることは本書でも示されています(p. 230).これは母親でも父親でも同じです.繰り返し述べているように,中国人移民には小中学校卒の割合も高いのですが,本書185ページの表に示されているように,中国人に限らず外国籍の女性は学歴が低いと自分より学歴の高い男性と,学歴が高いと自分より学歴の低い男性と結婚する傾向があることを踏まえれば,「少なくとも片親が大卒以上」という中国ルーツの子どもは少なくないと考えられます.
また,こちらのほうが個人的には面白いと思っているのですが,中国人カップルは他の移民のカップルに比べると世帯収入が多いという仮説もあります.一般に世帯収入が多いほうが学校外教育などにお金を使えるので,子の高校進学率も上がるのではないでしょうか.世帯収入を増やすためには妻(女性)の就労が重要ですが,女性は結婚や出産により労働市場から退出することが多いです.とくに出産し,子育てが必要な段階に入ると,子育てサービスの利用などは移民カップルにはハードルが高いと考えられ,移民女性の労働市場へのカムバックは難しいように思われます.
ところが,我々の調査でも明らかになっているように,中国人は子育ての際に祖国から祖父母を呼び寄せる習慣があります.そのおかげで中国人女性は出産後もスムーズに労働を再開でき,中国人カップルの世帯収入は高くなるのではないでしょうか.つまり,はるばる子育てのためにやってきてくれる祖父母の存在が,巡り巡って孫の教育達成につながっているという仮説です.
もっとも,本書187ページの表5-7によれば,5歳以下の子どもをもつ中国人女性の労働参加率は日本人女性とそれほど変わらず,またブラジル人女性よりも低いです.しかし,中国人女性はブラジル人女性よりも高収入が見込める職業により多く就いている(p. 182)ので世帯収入では中国人カップルがブラジル人カップルを上回っている可能性はあります.ただし日本人女性は収入階級では中位に来るであろう事務職がもっとも多く,中国人女性はそれほど収入の見込めない作業職(清掃員などでしょうか?)がもっとも多いという違いがあるので,平均的にみれば日本人カップルよりは世帯収入は低そうです.ただ,「男女ともに移民」のカップルのなかでは中国人カップルの世帯収入がもっとも高いのではないかという予想は依然,成り立つでしょう.
このように考えると,子どもをもつ女性の間では中国人よりも高い就労率を示すブラジル人のカップルが,共働きを可能にするために子育てに関して誰からどのような種類のサポートを得ているのかというのも気になります.そのへんは在日ブラジル人研究を参照すれば書いてあるのかもしれませんが(不勉強につき,詳しくありません...),ともに来日した拡大家族にお願いしているのか,あるいは近所付き合いの一環として子どもの面倒を見てもらっているのか,さらには集住傾向が強いので行政に声を通しやすく,そのために自治体の子育てサポート施策のようなものが比較的受けやすいのか,様々な仮説が考えられます.
最後に
本書はこれから日本で移民について語る上で必ず参照される本になるのではないでしょうか.あとがきに書かれていた日本の政策決定の現場の裏話にはいろいろと考えさせられますが,移民関連の政策決定が,まさに本書が体現しているような,証拠に基づいた妥当性の高い推論を重んじるスタンスでなされることを切に望みます.
(文責:佐藤慧)
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